「決算書がわかる」あるいは「決算書が読める」とは、どのような状態のことをいうのでしょうか。銀行マン、投資家、経理部長、税理士・公認会計士、中小企業診断士やコンサルタント、経営者、幹部社員、それぞれの立場によって捉え方が違いますが、私(宇野寛)が考えるおそらくこのようなことであろう、という状態を挙げてみます。
1.決算書の仕組みと構造がわかる
「資産・負債・資本・費用・収益」5つの区分がわかる
2.繰延資産、固定負債、売上原価、経常利益など、決算書に載っている会計用語がわかる
3.貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)がどのようにして作成されるか、
過程がわかる
4.勘定科目名を見てその科目がB/Sに属するものなのかP/Lに属するものなのかを
即座に答えることができる
5.売上原価や製造原価を求める計算式がわかる
売上原価率の求め方がわかる
6.もし、脱税や粉飾決算を行うとしたら、
辻褄が合うように決算書の金額を操作することができる(あくまでも仮定)
7.使い込みや横領があったときに、その途中経路を遡って追及することができる
8.「会計の処理の仕方で利益は変わる」ことが理解できる
会社に有利になるような棚卸の評価方法を知っている
9.月次試算表に表示されている現金や売掛金の残高が実際の残高と異なるときに、
原因を究明できる
10.なぜ赤字になったのか、状況を把握することができる
11.流動比率や総資本経常利益率、売上債権回転期間などを決算書から
求めることができる
12.各種比率を使って企業を分析することができる
1から5までは会計の知識に関する内容です。会計の実務を行っている人たちにとっては必要な知識です。決算書の読み方というよりは作り方です。
6から9までは決算書という報告書から「中身をより深く追求する」ための項目です。税務調査官や会計事務所の監査担当者に要求されるスキルです。
10から12については決算書の分析に関する内容です。
こうやって整理してみると「決算書がわかる(読める)」とは、
・決算書を作成できる能力
・決算書の異常値を追求できる能力
・決算書を分析できる能力
などが混在していることがわかります。
決算書がわかるようになると「何かいいこと」があるのでしょうか。大企業の社員は「決算書が読める(わかる)」ことで昇進して給料が上がるかもしれません。経営陣との経営の話に加わることができるかもしれません。税務署の調査官は決算書が読めないと調査ができませんし、会計事務所では監査や決算書の解説ができません。
では、中小企業の社長にとってはどういうメリットがあるのでしょうか。銀行から融資を受けるときに、「おっ、会計がわかる社長だな」ということで有利に進むかもしれません。税務申告のときに税理士との会話がスムーズに進み、節税のアイデアが出るかもしれません。しかし、決算書の役割は企業の業績報告書であってそれ以上でも以下でもありません。
決算書に載っているのは「勘定科目と金額だけ」です。社長が決算書を“ながめて”やってみてほしいことは「未来へ向けての確認作業」です。
◎当期は手持ち現金預金3千万円からはじめるぞ!
◎売掛金は8億円もあるのか、なるほど
◎受取手形がいつもより多いな(つぶやき、減らしたいという願望)
◎仕掛と製品在庫はこの金額からスタートか
(今年はどういう生産計画でいくか想いをめぐらす)
◎新製品開発費はあと1年で償却が終わるのか(ひとりごと)
◎それにしても借入金は全然減らないよな(愚痴、どげんかせんといかんばい!)
決算書とは、「今期はここからスタートなんだ!」ということを確認するための資料と考えてみてはいかがでしょうか。
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学のR.マテシッチ教授は、著書『会計と分析的方法・上』の中で、「会計人・会計学者ほど不勉強な人種はいない」と述べています。19世紀のドイツの高名な数学者ガウスは、「およそ学問の中に、どれだけ数学が含まれているかで、その学問の科学性が決まる」と言っています。
残念ながら、いまの税務会計にも管理会計にも数学は含まれていません。この先の経営を考えていくうえで、数学の要素が必要です。
“経営に役立つ会計情報”とは、社長たちにとって“儲けるための情報”です。
・利益はいくら残す計画なのか
・期末にはキャッシュをいくら残す計画なのか
・現場が行動を起こしたくなるにはどうすればいいのか
・そのためにはどのような情報が必要なのか
そして、
・社長がやりたいことを実行すれば、期末の決算書はどんな状態になっているのか
(どのような状態にしたいのか)
これらがわかるような情報です。先が見える情報です。社長にとって必要なのは「この先の経営に使える会計情報」です。