利益が見える戦略MQ会計(かんき出版)
の著者が伝える「直接原価・ダイレクトコスティング講座」
全部原価FC(フルコスティング)とは、製造業や建設業で行っている原価計算のやり方です。製造や工事の際に掛かった材料費、労務費、製造経費(外注費を含む)の合計を原価とみなします。
決算書のB/S(貸借対照表)資産の部には、このようにして計算された製品、仕掛品、仕掛工事、未成工事支出金が載っています。そして原価の内訳が「製造原価報告書」や「建設原価報告書」です。製造業や建設業に長くいると、このような原価計算の方法は「あたりまえ、常識」です。
ところが、この全部原価FCの計算方法では、期末の製品や仕掛品、未成工事支出金の金額が多ければ多いほど利益が出るという現象が起きてしまいます。作れば作るほど儲かるのです。売れなくても、、、です。
全部原価FCによって生じるこのような現象に異を唱えた人がいました。J.N.Harris(ハリス)です。1936年に書かれた彼の論文「我々は先月いくらもうけたか」には、次のような記述があります。(要約しています)
・全部原価FCは、経理部長の立場から見れば会計規則に則って
行った会計処理であり、その限りにおいては間違っていない
・ところが、会計の素養があまりない社長にとっては、
そんなことはどうでもいい、会計特有の仕組みなど問題ではない
・売上高と利益が対応して推移しないような損益計算書はおかしい!
これが社長の感覚である
・配賦の仕方によって原価が変わるというのは、この先を考えるうえで邪魔になる
そこでハリスは考えます。
「経営に使えるようにするには、経理部長が配賦している製造間接費を、原価から除いてしまおう」
そして考え出された損益計算の方式が「direct cost plan」、「直接原価計算」という名称はここに由来しています。世界で最初に「直接原価計算」に言及した論文となりました。
興味深いのが、「我々は先月いくらもうけたか」が重要な研究テーマになっている点です。当時のアメリカでは、すでにこのような問題を研究していたわけです。
※)参考文献:直接原価計算論 発達史(高橋 賢【著】中央経済社)
では、日本における原価計算の実態はどうなのでしょうか。期中では製品ごとの原価計算を行っていない企業でも、期末になると製品や仕掛品、仕掛工事については、全部原価FCで計算(評価)しなくてはなりません。
税務署へ提出する決算書は、全部原価FCで作られています。したがって「我々は昨年いくらもうけたか」という実態がわかりません。1936年にハリスが疑問に思ったようなことが、日本ではいまも堂々と行われているのです。
日本ではいつごろから原価計算がはじまったのでしょうか?調べてみました。じつは1962年、当時の大蔵省会計審議会が中間報告として公表したものが、いまの原価計算基準になっているのです。「中間報告」です。中間報告のまま、すでに50年以上も経過していることになります。さらに驚くことは、それ以降一度も改定されていないという点です。
ネット販売が主流になり、当時とは製造業の業態も大きく変化しているにもかかわらず、一度も手を加えられないままの制度が、いまだに使われているのです。
市販されている原価計算に関する書籍も「この中間」に基づいて書かれているのです。
(原価の三要素)製造原価=材料費+労務費+製造経費
期末の製品や仕掛品が一時的に多くなると利益が増える、という全部原価FCでは、「我々は先月いくらもうけたか」というハリスの疑問には答えられません。先月の儲けがわからないのに来月の利益が計算できるはずはありません。
・この先、この製品を作り続けるのか
・この先、この製品の販売はやめるべきなのか
・この先、この物件は受注すべきなのか
中小企業にとって「明日からどうする!?」は、とても重要です。全部原価FCは、税務申告用にとどめるべきであって、この先の計画を作るうえでも、過去の損益分岐点分析を行ううえでも、使ってはいけません。
少なくとも中小企業の社長方は、誤った経営判断をしないためにも、直接原価DCでの意思決定が重要になってきます。
(参考文献・ウィキペディア)
●原価計算基準とは、1962年に大蔵省企業会計審議会が中間報告として公表した
会計基準であり原価計算に関する実践規範となっている。
●費目、部門別原価計算がベースになっているこの原価計算基準は、
今日まで一度も改定が加えられていないため、サービス部門の割合が増大している
今日の企業ニーズに必ずしも一致していないという問題もある。
特に昭和50年代以降は見直しや改正についての意見が各方面から出されている。