◆決算書の情報には限界がある
経理マンや会計人、コンサルタントの中には「決算書こそ重要な経営情報だ」と思い込んでいる人たちも多く、決算書を使って企業を分析しようとします。しかし、これは誤りです。むしろ、決算書の限界を認識しなければ、活用方法を間違えてしまいます。
経理マンや税理士は決算書を作る側の人たちです。決算書を作るための知識や技術(カネ勘定)と、それを使って分析や経営アドバイスをすること(カネ儲け)は、まったく別次元の話なのです。
◆税務会計と税務署仕様の決算書
多くの税理士たちは勘違いをしています。「税務署仕様の決算書が重要な経営情報である」と。そして“税務署仕様”の決算書をもとにわかりやすい資料やグラフに加工し解説を試みます。
“決算書ができ上がるまでの過程”の情報のほうが、じつは社長たちにとって重要なのですが、税理士たちは、でき上がった決算書のほうに焦点を当ててしまっているのです。その先どんな分析をしようが核心から遠ざかるばかり。決算書は、会計情報のほんの一部にすぎません。
これまで出版されてきた決算書本の多くは、「決算書とは何かを学び分析する」という観点で書かれているため、「会計情報を“カネ儲け”に使う」という発想には結びつきません。
原因は、書いている人たちが会計人(税理士・公認会計士)だからです。会計人という肩書が邪魔をし、会計(カネ勘定)の枠から出られず、いずれも似通った内容です。
多くの社長たちにとって“決算書の解読”は永遠のテーマです。複式簿記がイタリアで体系的に確立されてから500年以上も経つというのに。
◆利益とキャッシュ
社長たちにとって悩みのひとつが「キャッシュ」です。税理士や金融機関の担当者から「社長、こんなにも利益が出ていますよ。すごいですね」と言われるが、素直に喜べないと違和感を覚える社長も多いようです。
・利益が出たけれど税金を払うカネがない
・そんなに利益が出ているはずがない
社長たちの実感でしょう。税理士に聞いても明確な答えが返ってこなくて納得できないという社長もたしかに多い。
「利益が出ているがカネがない」という現象を、税理士は親切心あるいは義務感から説明しようとします。ところが、その説明が問題なのです。核心からずれていくばかり。利益とキャッシュには相関関係はありません。
利益はでているのに会社にお金が無いのはなぜ?
・売上サイトが長く仕入サイトが短い場合の運転資金不足
・多くの在庫を抱えている場合にはそのまま資金が寝ている状態
・設備投資や店舗の保証金の支払いなども資金が固定化される
・借入金の返済が資金繰りを悪化させる
・損益計算書(P/L)には借入金の元金返済は入っていない
会計人やコンサルタントのホームページには、このような「あたりまえの説明」が多いのには驚きます。そして解決策として間接法のキャッシュフロー計算書や資金別貸借対照表の作成など、社長たちにとっては“まったく役に立たない模範解答”が書かれているのです。この状況は、私が会計を学びはじめた当時から変わっていません。
(中略)
税理士の頭の中はP/Lです。利益が出れば税金の計算です。「利益=課税所得」に近づければ税金の計算がしやすくなる。すでに述べたとおりです。
税理士は、なぜ社長がわかりやすいキャッシュフロー計算書を作れないのか!「第3章・マトリックス会計から会計の構造を考える」で紹介しています。
◆棚卸を増やすと利益が増えるのはなぜ?
会計の世界を離れたいま、客観的に会計を見てみるとこのようなおかしなことがほかにもたくさん目につきます。棚卸資産回転率、売上債権回転期間、自己資本比率、労働分配率、付加価値の定義、変動費や固定費も同じように感じてしまいます。社長と税理士の会話が噛み合わなくなる理由のひとつです。
◆なぜ減価償却費を利益に足すのか
「減価償却をたくさん計上すればキャッシュフローが良くなるんですよね」
冒頭でのこの質問が、「社長たちと税理士の会話が噛み合わない」という状況の本質を表しているのではないかと感じます。
税理士は、「研修で習ったとおり」「本に書いてあるとおり」の知識で説明しています。ところが、この社長が期待していたのは「この先の資金繰りを考えるため」でした。社長の反応を無視した一方的な帳表の解説の結果、社長は「減価償却を多くすればキャッシュフローが良くなる」と思ってしまったのです。
税理士がよかれと思って親切心から作るグラフや資料、そして一方的な決算書の解説や分析には、「社長との会話が噛み合わなくなる」多くの要因を含んでいます。
税理士の相手である中小小規模企業の社長たちは、このような解説を期待していません。
・知識として知っておきたいだけなのか
・間接法で作った自分の会社のキャッシュフロー計算書の説明を、ほんとうに聞きたいのか
・社長はキャッシュフロー計算書に何を求めているのか
もしかしたら「余計なお世話なのか」、直接聞いてみてほしい。
会計業界に長くいると、本(会計専門書)に書いてあることに疑問をもたなくなり、徐々に創造力がなくなっていくのかもしれません。そして、私が会計事務所に勤めていたときに体験したように、社長たちとの会話が噛み合わなくなっていくのです。(噛み合わないことすら気づいていないのかもしれない)この本を書きたいと思ったきっかけのひとつです。
◆B/SとP/Lから得られる情報を整理する
「決算書は経営の役に立つ」という前提で考える会計人は、ヒント(答え)を決算書に求めます。決算書の中で解決しようとします。間接法のキャッシュフロー計算書や資金別貸借対照表、変動損益計算書です。
ところが、「決算書から得られる情報には限界がある」と思っている会計人は、決算書を俯瞰します。一歩引いて客観的に眺めます。
500年以上の会計の歴史のなかで、いまも決算書を解明しようと毎年「会計本や決算書本」が出版され続けていますが、仕訳が分断されたB/SとP/Lの関係を解読すること自体に無理があるのです。決算書に載っている“分断された情報”は、会計情報の“ほんの一部”にすぎません。
◆変動費と損益分岐点売上高
「管理会計では、変動費の明確な定義は存在するのだろうか?」という、損益分岐点分析の根底を揺るがすような疑問がわいてきます。いつ壊れるのかわからない基礎の上に大きなビルが建っている、という感じでしょうか。
ここに10人の税理士やコンサルタントがいるとすると、同じ決算書をもとに損益分岐点売上高を計算した場合、出てくる答えは全部違うはずです。これでは、損益分岐点分析をこの先の経営に使えるはずがありません。
◆限界利益
税理士やコンサルタントのホームページには「限界利益と限界利益率」の説明が載っています。
・限界利益は売上から売上に比例する変動費のみを差し引いて求めます
・限界利益とは、売上から売上を増やすためにかけた費用である変動費を差し引いた金額
です
・限界利益は、売上から変動費(売上と連動する費用)を差し引くことで計算することが
できます
・限界利益とは、売上から変動費を引いた数字です
ここで共通しているのは、「限界利益は売上高から変動費を差し引いた差額(残り)」という解説です。変動費の定義が曖昧である以上、ここで使われている「限界利益」にも明確な定義がありません。10人の税理士やコンサルタントが同じ決算書から限界利益を計算した場合、出てくる答えは全部違うのです。
◆会計の常識は経営の非常識
MQ会計を実践し業績アップに活用するのは企業です。企業はMQ会計を使う側です。これに対し、MQ会計を伝える側の人たちが出てきます。職業会計人(税理士、公認会計士)やコンサルタントです。
次のような説明や記述を見つけたら要注意です。
Gを増やすには、
①Fを下げる
②Qを増やす
③Vを下げる
④Pを上げる
この4つの方法しかありません!
とくに会計に携わっている人たちは、これまで学んできた会計という固定された概念から抜け出せず、当然のように解説をはじめてしまいます。
◆変動費・固定費で判定してはいけない
「出店しているテナントの家賃が、固定家賃と売上に応じて変動する変動家賃に分かれています。税理士から固定家賃はFに、変動家賃はVQに入れるように言われました。どう考えればいいのでしょうか?」
◆外注加工費
・内製化を図り変動費率を下げる
・支払条件を見直して外注単価を下げる
・いまより安く受けてくれる外注先を探す
インターネットで検索すると、このような無責任な記事がたくさん出てきます。なかには、税理士や中小企業診断士が書いている記事もあります。
現場を知ろうとしない税理士の数字だけの経営アドバイスは、社長の感覚とズレています。“会話が噛み合わない”状態です。社長が意思決定しやすいような材料を提供するのも、現場の経理マンや税理士たちの仕事です。
◆改善を阻害する要因
税務会計における事務作業では、「税務署のために行わなければならない作業、役所のために行う作業」が必ず発生します。社長であれば、これらの作業にかかる人件費や経費を最小限に抑えたいはずです。
ところが、税理士は踏み込んだ事務処理の改善を提案できません。その理由は、
・彼らは「税務の専門家」
・改善を意識して仕事をしているわけではない
・改善の訓練を受けてきたわけではない
◆労働分配率と付加価値
依頼している税理士がTKCで、もし労働分配率の話が出たら一度質問してみてください。「変動費には何が含まれていますか?」と。変動費の中身によっては限界利益の金額は変わり、労働分配率の値も変わってしまいます。
販売業では、期首と期末の在庫増減(変動費の増減)も考慮しなければなりませんし、製造業や建設業では製品、仕掛品、仕掛工事の期首と期末の金額から固定費を取り除いて変動費の増減を求めなければなりません。
このように、限界利益を求める計算式は複雑です。決算書から電卓で簡単に求めることはできないようです。
◆流動比率は200%以上が望ましい?
会計業界で“まことしやか”に言われていることは、当時は根拠があったのかもしれません。しかし100年もの間、「なぜ200%なの?」という疑問はなく、税理士やコンサルタントなどの専門家たちはこれをあたりまえのように説明しているのが現状です。科学とはかけ離れた「伝統芸能」の世界です。
◆財務分析の限界
分析のもとになる決算書を作る段階でも同じことが言えます。税理士が違えば、経理部長が違えば、同じ会社でも異なる決算書ができてしまうことは容易に想像することができます。
◆究極の指標
社長が「原価を下げる」という意思決定したとしよう。社長の頭の中には営業や製造現場、社員、設備、そして仕入先や外注先が具体的に浮かんでくる。「なぜ原価を下げるか」の必要性と根拠がある。税理士たちが決算書を見て「原価率をあと何%下げれば・・・」のような安易な助言とは“考える深さ”が違う。